[インタビュー]酒のなりさわ

「ああ、森田先生のところですか。」

その日のお客さんは、八日町の森田医院さんへお歳暮をお送りするようでした。

「森田先生でございますと、ウィスキーよりは清酒の方がお好みでいらっしゃいますよ。」

和やかな雰囲気を持ちつつも、お客さんに対する丁寧、かつしっとりとした口調なのは成澤洋子さん。生まれてからずっと八日町で育ちました。だからなのでしょう、八日町の方々のお酒の好みはすべて熟知しています。近くの町からお買い物に来たお客さんに缶コーヒーのおまけをつけて、お店の外まで丁寧にお見送りした後で、ゆっくりお話を聞かせていただきました。


創業は1920年

『酒のなりさわ』に生まれた洋子さんは、幼い頃の店番からずっとこのお店に立ち続けている、名実共に看板娘の存在でした。

「“元”看板娘、いまは看板おばあちゃん。」

そういって笑いかけてくれるのはご主人の成澤誠さん。二人は素敵な縁あって結ばれ、『酒のなりさわ』の後を継ぐことになりました。

「お店は津波があったときで91年目。あの時色々あったけど、100年まではがんばっぺなって。わたしの空元気でね。」

お店の奥にある自宅から出してきてくれたのは、昔の『酒のなりさわ』の写真。当時はお酒だけではなく果物も一緒に販売しており、洋子さん曰く「静岡温州から一社だけで仕入れたのはうちが初めてだったんじゃないかな」とのこと。写っているのは洋子さんの祖母や伯父さんで、真ん中でポーズを決めている若い伯父さんの格好良さにうっかり心を奪われそうになってしまいました。

「この写真も人目に出られてきっと喜んでるよ。いつも隅っこに追いやられてるから(笑)」


古き良き八日町

八日町で生まれ育った洋子さんは、代わりゆく景色のひとつひとつをまるで昨日見たように語ってくれました。

「昔は良い近所付き合いがあったのね。何かあったら人がでてきて、食器の貸し借りなんかもしてね。」

八日町商店街が誕生したのは約30年前、『酒のなりさわ』沿いの一番街商店街は統合前を入れると約50年前。

「昔はそのお菓子屋さんの隣に手芸屋さんがあって、その隣に金物屋さん、その隣には…そうそう、果物屋さん。その隣は…」

洋子さんに限った話ではありませんが、八日町の人たちが“在りし日”の姿を語るとき、その瞳はいつも輝いているようにも、潤んでいるようにも見えます。色々な場所で度々見せてもらう古い八日町の写真はどれも人が溢れ、賑わいを見せる風景ばかりです。

「昔からの馴染みで訪ねてきてくれる人もいれば、津波後ここに来てくれて、そこからずっと注文をくれる北海道の人もいるから、お店もなかなか辞められないね。そういう人たちを大事にしましょう。わたしたちの出来る範囲で、って考えなの。」


気仙沼の夜明け

お店がホームページに載るなら、アピールすることはやっぱりお酒だねと、新しくお酒を入荷し、棚をきれいに整理してくれました。そこで目を引いたボトルがひとつ、その名も「気仙沼の夜明け」。

「津波後、いくつかの小売店で『オリジナルでがんばろう』って流行りがあったのね。」

津波後すぐ、気仙沼産“蔵の華”という酒米で作られた特別純米酒は日本中『酒のなりさわ』でしか販売されていない完全オリジナル。パッケージも洋子さんのお友だちが特別に描いてくれたもので、消費税をお客さんから頂かない形で販売されています。

「それはわたしの意地」

と笑う洋子さん。

「津波があって、やだなって思うことは山ほどあったけど。でもね、お友だちが来てくれたりボランティアの人が来てくれたり、大学の先生は本まで書いてくれたりしてね。」

お話の最後に誠さんによって連れられてきたのは今年で16歳になる猫の空(くう)ちゃん。津波のとき、こたつに結ばれていた空ちゃんはこたつの中に入っていた空気のおかげで助かりました。直後は、澄んだ瞳が印象的な空ちゃん目当てに『酒のなりさわ』にやって来たボランティアもいたりしたほどだとか。

「商売も儲かる儲からないじゃないんだ、ってこの人(主人)は言うの。お客さんに『ありがとう』って感謝されることなんだって。」


これからのこと

酒のなりさわのアイドル、空(くう)ちゃん。

 

八日町の方々にインタビューをする際に、少し目を背けたいけれど必ず聞いておきたいことがある。それはここ八日町でこれからどうしていきたいか?ということ。

「わたしは(店を)続けていきたい。でも、いつか本当に続けるのが難しくて、どっちかが倒れるようなことがあれば、息子と娘に借金だけは残さないように。」

誠さんと洋子さんの体調を息子さんたちは度々心配しては、お店を閉じることも話されるとか。

「でもこの人が『お母さんからこれをとってしまったらボケっから。好きにさせておけ』って(笑)お店のことだけじゃなく、地域のこともね。この人がそういう性格だから。」

 

(文・猫田耳子)

 

商店名 酒のなりさわ
業種
店主 成澤誠さん
話し手 成澤誠さん、洋子さん
創業年 1920年
営業時間 9:00-20:30(日曜定休)
住所 八日町2-3-1
電話番号 0226-22-0140
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